中核派にご用心。杉並区には極左暴力集団中核派がたくさんいます。中核派の区議会議員もいます。

 

杉並区には、中核派がたくさん住んでいます。なぜならば、中核派の区議会議員が存在し、以前は中核派の都議会議員も存在し、また、衆議院議員選挙に中核派の候補者が立候補したりするからです。必然的に、中核派の活動家や、シンパが杉並区に住み、選挙の時に、当選のために、一票を投じるなど、活動することになります。

 

杉並区に来る人は、杉並区には、他の街よりも多くの、極左暴力集団中核派がいることを知っておいた方が良いでしょう。杉並区役所周辺には、しばしばたむろしています。彼らの狙いは、杉並区役所労働組合の執行部を、日本共産党から奪うことです。また、教職員組合も狙っています。

 

杉並区の中核派の、おおよその基礎票であるが、2017年第48回衆議院議員選挙に東京都第8区(杉並区のほとんど)立候補した中核派全学連委員長の齋藤郁真が獲得した2931票(1.2%)とみて間違いない。

 

現在、洞口朋子さんが中核派杉並区議会議員として活動している。彼女は、YouTubeの前進チャンネルに出演していて、中核派の機関紙である「前進」を宣伝している。前進チャンネル第248回でメインキャスターをしていて、世界の共産主義者の歌である「インターナショナル」をバックミュージックに登場し、「労働者の命と生活守れ」というテーマでスピーチしている。彼女は、中核派が製作している中核派チャンネルのメインキャスターの一人であり、中核派のメンバーである。彼女は、2019421日の第19回統一地方選挙・杉並区議会議員選挙で、3275票で初当選した。区議会選挙の時に配布されたチラシには、両親が中核派の活動家で、高校生の時にニューヨークの平和イベントに参加したとある。

 

杉並区は、日本で唯一、中核派の都道府県会議員が当選したところである。19897月に実施された東京都議会議員選挙で、消費税導入時で、導入反対に活発に活動した左翼が勢いを得ていたこともあって、長谷川英憲氏は当選した。都議選出馬まで、19674月から、出馬のために辞任するまで、長谷川英憲氏は6回連続で区議会議員に当選していた。

 

中核派の杉並区議会議員であるが、1991年よりけしば誠一氏、 1995年より新城節子(本姓三村)さんが、連続当選する。しかし、2006年より、二人そろって中核派を離脱。その後も、二人は政治活動を続け、区議会議員選挙に立候補し続け、当選したり落選したりしている。しかし、北朝鮮に旅行して、金日成銅像を見学に行くなど、過激な左翼活動を続けている。極左的な反原発運動、辺野古吉建設反対運動などに積極的に取り組んでいる。

 

前回の区議会議員選挙で、中核派の区議会議員候補者が男性(北島邦彦氏)から女性(洞口さん)に代わったことや、日本共産党の女性区議会議員が一名から三名に増えたことや、新城せつ子議員や奥山妙子議員らその他の左翼女性区議会議員が複数いることもあって、杉並区に左翼女性が増えていることも考慮する必要がある。杉並区のPTAや女性団体で左翼や極左の支配が起こるのではないかと危惧されている。

 

左翼女性の中には、「男性に政治はまかせられない。男性が政治をすると戦争を起こす」と主張したり、女性だけのコミュニティを作ろうとしたりして、男性そのものを批判する女性がいる。極左女性の動向に要注意である。ちなみに、女性だけのコミュニティを作る運動は、1970年代ごろから盛んになったが、数十年後にはほとんど消滅した。

 

 区議会議員選挙のたびごとに、元中核派の新城せつ子さんの事務所に、中核派の活動家が押しかけて、けしば誠一氏や新城せつ子さんの辞退を迫るのは年中行事である。あなたたちが立候補したら、「北島さんが落選してもいいの?」と激しく詰め寄った。中核派を離脱した誤、けしば誠一氏と新城せつ子さんはいっしょに行動していて、ウェッブサイトも共同である。ウェッブサイトには、「沖縄の基地・辺野古を闘わなくなり、住民と乖離した政治団体と決別し」などとあり、中核派の神経を逆なでしている。中核派にとって「沖縄の基地・辺野古を闘わなくなり、住民と乖離した政治団体と決別し」とは論外であり、まったくの中核派に対する悪口である。

 

 2023年の杉並区議会議員選挙で、けしば誠一氏と新城節子さんが引退すれば、中核派は洞口ほらこさんと他の候補の二名の候補を立候補させてくる可能性がある。要注意である。

 

登場する人物の年齢

 

長谷川英憲 193836

北島邦彦 1959829

洞口とも子 19881130

けしば誠一 1947521

新城せつ子 1962127

(Wikipediaなど公開されている資料より)

 

 

☆中核派の蛮行の数々

自由民主党本部放火襲撃事件(1984年)を始めとする数々の放火事件。

皇居などへの爆発物発射事件。

多くのテロ・爆破・放火事件

他の極左団体との殺し合い(100名ほど死亡)