日本人の遺伝子について。日本人の教育について考える。

日本人の遺伝子にあるもの。

 

 それは、皇紀2677年と伝えられてきた歴史が示す通り、地球の人類史と同様、殺し合いを重ねながらも愛を失わず、家族と共に生き、その家族の平安を守る国家社会を築いてきたという意識。

 

 そして世界の中でも際立ったものは、家族・民族の基いとしての皇室を、国家社会の和(輪)の中心(象徴)としてきたという意識。

 

 さらに言えば、海に守られた日本独特の平安(共存共栄)の仕組み(士農工商)のなかでの、「公徳心」や「お上」や、それぞれの「たしなみ」、つまり、社会や家族のなかでの自ら(個人)の在り方を、「親を悲しませてはいけない」とか「お天道様が見ている」とか、「周囲から白い目で見られる」とかの表現で、無原則な自由を抑制・抑圧してきた意識。

なのではないのであろうか。

 

 それらが、寺子屋などでの学問と相まって、世界にも類を見ないとまで言われた、貧しくとも、融和協調の取れた、落ち着いた品性ある国家社会(様々な外国人による見聞記などで知られている通りである)が築かれていたのではないのだろうか。

  

 ところが、これが明治維新によって、世界標準へと変わって行かざるを得なくなってしまったのであろう。    

いま、これから書き記そうとしている内容は、

 

日本人の教育を考えよう その1(遺伝子にあるもの)

20171220()

 

日本人の教育を考えよう その2(明治憲法)

20171221()

 

人は何のために生まれてきたのか?

20171205()

 

人は何のために生まれてきたのか? その2

20171213()

 

いろいろ思うこと その(この世)

20171211()

 

に書き記してきた内容をもとにしたものである。

 

 

 つまり、「人は何のために生まれてきたのか」。

 

それは、「生きるため、そして…死ぬために」。

 

そして人間にとっての最高の価値は、「自由」…ではあるけれど。

 

 しかし、その「自由」は、決して無軌道な…我欲(本能)をむき出しにした「自我の自由」ではない。

「ヒト」が人類として出現以来…、営々として続いて来た地球上の民族・国家の命の営み(伝統・文化)と歴史の中で培われてきた「人間の自由」であることにちがいない。

 

そしてしかし、所詮そういった自由は、…生抜くための「自我の自由」同士の衝突や、「権力化した(集団の)自由」(国家や組織など)との闘いの中で翻弄されるものであるのかもしれないが…。

 

 いずれにせよ人間にとって最高の価値の「自由」とは。

…長い歴史の家族の中で、そして集団(社会や国家など)の生活の中で、無意識に培われる自らの行動規範や倫理、自己抑制などが…。

やがて「抑圧」の意識となり、今度はその意識に対して、そういった家族や集団の存在が、「自己抑制の動機・理由(意味づけ)」として役に立つ…。

という葛藤の中で、おのずと洗練された、他との調和のとれた「自由」となって、そうして初めて、「人間に与えられた(勝ち得られた)自由」(最高の価値)ということができるのであろうか。

 

 しかし、やはりそういった「自由」を、「人間の自由」として「最高の価値」たらしめる最大のものは、何といっても「知性」や「理性」と称される人間の精神(意識)であろうし、それに支えられる自由こそがエドマンド・バークの云う「高貴なる自由」なのであろう。

 

 

 …そして明治維新によって「日本という国家」は、「民族の長」としての「帝(みかど)」・「天子さま」を「天皇」と仰ぎ、「天皇は神聖にして犯すべからず」と定めて「明治憲法」を確立した。

 これは、決して「国民が天皇の存在をないがしろに(犯)してはならない」という意味ばかりではない。

まさに「天皇はあらゆる過ちを犯してはならない」という「無謬性」の宣言であって、すなわち国家(家長)の象徴(最高の権威)としての「知性」や「理性」の拠り所としたのである。

 

 ここから初めて…、教育や学問の意義と同時に「いかに生きるべきか、何のために生きるのか」という問いかけが発せられる(投げかけられる)のである。

 それは、「神」に仕えるという神聖な意識にも共通するものであって、…「どのような生き方が自らにとって高貴な生き方であるのか」…という意識の拠り所(測り)ともいうべきものであった。

 

 その生き方が、たとえ泥にまみれ、地に這いつくばるものであったとしても。

つづく