愛犬リキの思い出

bing.com/imagesから引用 もっと黒っぽかったけどこんな感じであった。

 

 あれは、今から30年も前の、ちょうど今頃(秋から冬へ)のことではなかったであろうか。

 我が家の中学生と小学生の3人の男の子達の、つぶらな輝く瞳に負けて、近所に生まれた黒い丸々とした生まれて間もない子犬をもらい、段ボール箱やら、寒いだろうと毛布やら、用便の受け皿はミルクはと、あれやこれや揃えて、家族みんなで「リキ」と名付けて飼うこととなった。

 

 自分が子供のころ、母親に、「生き物を飼ってもいいけれど、情が移ると悲しい思いをする。」とよく言って聞かされた、その母親にせがんで、台風の嵐が過ぎた日に、我が家に迷い込んできた、小型の白と茶色のビーグル犬を飼わせてもらったことがあった。

 本当に賢い犬で、「テス」と名付けた。しかし、家が貧しく、ジステンパーにかかってしまったその犬を死なせてしまったことが、まだ自分の脳裏には残ってはいたけれど。

 

 さて、その「リキ」を飼い始めたものの、夜になると必ず夜泣きをする。

 キャンキャン、クンクン、キャンキャンと、毎夜毎夜、それはそれはすさまじい。

 親を恋しがるとはこんなものなのか、と思いながら、うとうととまどろんだものだった。

 

 それでも昼間になると、何事もなかったようにケロリとして子供たちの遊び相手となった。我が家には、にぎやかな、明るく楽しい毎日が溢れていた。

 そんなある日、仕事を終え、暗い夜道を歩き、やっと見えた我が家の明かりに、ホッと胸をときめかせながら、玄関のとびらをいつものように開けた。

 

 そのとき、自分の目に飛び込んできたのは、玄関の上り口に「リキ」を抱いた妻と子供たち4人が横並びに正座をして、自分を出迎える姿であった。


今のように携帯電話もない時代。

 

みんなでそろってお出迎えとは?

と思う間もなく、妻の腕に抱かれて膝の上で眠っているとばかり思った「リキ」と4人の表情との異変に、われに返ってみると、妻の眼からも、3人の子供たちの眼からも涙があふれているではないか。

 

まだ赤ちゃん犬であった「リキ」には、首輪と長い鎖はかわいそうであった。

それでも、「自由に動き回らせるためには仕方がないよね。」と着けていた。  

だが、みるみる力がついてきて、夜泣きもしなくなり、すっかり元気に遊ぶようになっていた。

そんなときであった。

玄関の柱にくくりつけて、目を離していた隙に、「リキ」は、玄関前の門のフェンスを潜り抜けて道路に飛び出してしまったのだった。

 

 そこへ運悪くバイクが。

 けたたましい「リキ」の鳴き声と、急ブレーキの音に慌てて妻が出た時には「リキ」の意識はなかった。

 幸いなことに、車輪にひかれたのではなくどこにも傷はなかった。

 妻はすぐさまその「リキ」を抱きかかえて病院へ駆けつけたのだが、とうとうそのまま息を吹き返すことはかなわなかったのだった。

 所見では、びっくりして気絶したままショック死のような状態だったようである。

 妻の腕の中で眠るようにしてぐったりと柔らかい、あたたかい「リキ」のぬくもりが、だんだんと冷たくなり、硬くなってゆくのは、妻にとってみればどれほどつらく悲しい事であったであろうか。

 

 その晩一晩、「リキ」を毛布にくるんで休ませたあと、当時住んでいた我が家の山茶花(さざんか)の木の下に、手厚く埋めたことを、ふと思い出すことがある。

 

 今でも、その話になると、「もう抱いたまま、どうしても『リキ』を自分の手から離して下におろすことができなかったのよ。」と、微笑みながらも妻のその瞳は心なしかうるんで見える。

 

 3人の男の子たちは、今はもうそれぞれに家庭を持ち、それぞれに子をもって、

同じように、「犬を飼いたい。猫を飼いたい。」とせがまれている今日この頃である。