日本国憲法改正は必要(家族・個人・婚姻)

家庭家族の尊厳を無視した日本国憲法!

第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。

第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して制定されなければならない。

 

 ここには、

 人間一人一人に、それぞれの歴史・伝統・文化があること…。

 そしてそれは、家庭・家族の歴史・伝統・文化とともに育まれてきたものであること…。

 その人間同士が、また、新たな家庭・家族を築く…。

 従って、その集合体である国家にも、その集合体としての歴史・伝統・文化がある…。

 そして、いかに個人個人であったとしても…そこには、家庭・家族の一人としての、自覚が無ければならないし、責任と義務が無ければならない!

 従って、国家・社会の一員としての自覚と責任と義務が… そしてそこに国家・社会・家族の一員としての権利もまた生まれるのであろう…。

ということが、全く抜け落ちてしまっている!

ヽ(`Д´)ノなんということだあー!

 まさに!

 家庭の抑圧!社会の抑圧!国家の抑圧!

抑圧からの解放!を叫ぶ、エンゲルスの持論を地で行くようなものである!

 

平成29(2017)年11月10日(金曜)発売の夕刊フジ

「好奇心には屈しない」!

 頭脳明晰…理解力・判断力・考察力・洞察力・記憶力…弁舌さわやか!

 当然のことながら、高学歴…高収入!

 だがしかし、…だがしかし、何故こうもまた…戦後の日本は?

 かつての、封建時代に渡来した西洋人たちが、目を見張った

あの人間力は? いったい何処へ消えてしまったのだろうか?

 

 ユダヤ人が関わったワイマール憲法と日本国憲法…。

 そして、ユダヤ人マルクス…。

 国家を亡くした民族にとって…、家族を亡くした人のような悲しみとともに、「現世の国家や民族」は…、消えてなくなってしまえばいいものだったのかもしれない。

 原始キリスト教を彷彿とさせる共産社会こそが、全ての人類の安住の地と考えても不思議ではないであろう。