わたしたちは宇宙と共に生かされて、今を生きている!

 わたしたちは!

今を…生きている!

のではなく…、

今!…生かされている!

 
 しかし、自分の意志で自分の命を絶つことができるのは、人間だけではないのだろうか?
 
 ひとりひとりが、どのような意識を持つのか?
 それは…わたしには知りようがないが…。
 
 人間の「世界」なんて、最大共通意識(五感を通じた認識、考察、思考、空想、記憶)の前提があって初めて、「真実」を追求する科学・哲学が存在するのだろう…。
 しかし、ほんとうにそれが、「真実」なのだろうか?
 
 生まれながらに、見えず、聞こえず、さらに加えて、5感もなかったら…。そして狼に育てられた人間の実話もあったと記憶しているが…。
 
 人間だけでも、これだけの違いがあるというのに…、
神羅万象と称される万物と人間の違いが、一体どれほど意味のあることなのであろうか?
 
 すべてを肯定する意識によって、自ら(肉体・精神)はもとより、他者(物)も他者(物)として存在する。
 それが、ヘーゲルの云うところの「正」であり、相互に干渉しあうのが「反」であり、それによって新たな存在ができることが「合」…。すなわち「弁証法」なのであろう!
 
 そのまったく身近なものが、親、兄弟、子供、といった肉親(家族)や親類。そして仲間、職場、地域社会、国家、世界へと広がってゆくのであり、そうやってそれぞれの民族や国家が存在するのであろう…。
 
 遠く宇宙に思いを広げ、今を思えば…、
「世界は一つ!人類はみな兄弟!」と叫んでいた、笹川何とかと言う人を思い出す…。 (=⌒▽⌒=)
 
 たまたま、〇〇人になっただけで、もとは一つ!
 
 そしてたまたま「日本人」となっただけだけれども、人間の意識に例えれば…、「もの心がついた」ころから…、民族の長として、連綿と男系を辿ることのできる「天皇」(万世一系)と言う存在を…、
わたしは肯定しない訳にはゆかない!
 
 そして、人類の辿った悲惨な出来事も…事実として肯定する。 
 
 人間の意識に、特定(権力や保守と呼ばれるものなど)に対する「否定」(反)を植え付ける思想には、「保守」(正)を意識する人間の一人として、断固戦う!
 
 保守」(正)を意識する人間同士は、対立しても決して相手を否定することはしないであろうから…。